吉田正記念オーケストラ
タンゴアルバム

「吉田正 タンゴアルバム」

吉田正 タンゴアルバム
DISC 1

・ 1、女豹の地図       ・ 7、赤と黒のブルース
・ 2、哀愁の街に霧が降る ・ 8、東京ワルツ
・ 3、東京の人        ・ 9、南海の美少年
・ 4、愛のしあわせ      ・ 10、東京ナイトクラブ
・ 5、男のいる街       ・ 11、恋情
・ 6、東京午前三時     ・ 12、グットナイト


DISC 2

・ 1、白い制服      ・ 8、美しい恋人たち
・ 2、ロンドンの街角で  ・ 9、寒い朝
・ 3、冬子という女    ・ 10、東京カチート
・ 4、泥だらけの純情  ・ 11、淋しい淋しい
・ 5、和歌山ブルース  ・ 12、美しい十代
・ 6、グットバイ東京   ・ 13、有楽町で逢いましょう
・ 7、泣きぼくろ

試聴する(有楽町で逢いましょう)

作曲:吉田 正/編曲・指揮:大沢 可直 /
演奏:吉田 正 記念オーケストラ
VICL-61058 (定価)¥3,000
(ビクターエンタテインメント)




吉田メロディーがタンゴになった!! 

解説 大沢可直



タンゴは明治維新の頃、スペインからハバネラのリズムがキューバを経由してアルゼンチンやウルグアイに渡った事がルーツと言われている。タンゴと言えばバンドネオンという楽器が欠かせないが、ドイツ人のバンドさんという名の人が、明治維新に先立つ30年ほど前、中南米に移民をする人々がオルガンの無い現地の教会でも賛美歌の伴奏が出来るように開発した携帯オルガンがバンドネオン初期の用途であった。 その後、ブエノスアイレスやモンテデビオの場末の酒場で俗謡としてのタンゴが確立したのが明治中期頃であり、バンドネオンもタンゴの歯切れの良いリズムを象徴する楽器となり、演奏される場所も教会から酒場へ移った。
明治後期になるとアルゼンチンの演奏家や踊り子がヨーロッパで公演をするようになり、歯切れの良いリズムで大成功した。その代表作が「エル・チョクロ」であり、後に「キス・オブ・ファイヤー」という題名のポピュラーソングになり欧米全域でのヒットとなった。
大正末期のフランシスコ・カナロ楽団のパリ公演は大きなセンセーションでウルグアイのロドリゲスという名もない学生が作曲した「ラ・クンパルシータ」が爆発的にヒットする契機となった。

この頃から昭和初期にかけてヨーロッパ各国でもタンゴの名作と呼ばれるに相応しい作品が続々と誕生する。その双璧がデンマーク人(と言っても名前から推察するとユダヤ系の人か?)のヤコブ・ガーデ作曲の「ジェラシー」とドイツ人ヨゼフ・リクスナーによる「碧空」であろう。 その他、ドイツ人のガーツはビゼーのオペラ「真珠とり」のテーマを編曲して「真珠採りのタンゴ」を作曲したり、同じくドイツ人のアーウィンは「奥様お手をどうぞ」、イタリア人のシェリエールが「バラのタンゴ」、アメリカ人のホーリックがロシア民謡を題材に「黒き汝が瞳」、フランス人のマルドレンが「夢のタンゴ」、その他のヒット作品は枚挙にいとまがない程であり、まさにタンゴは世界的大ブームになった。
このブームが昭和初期、都会的な歌謡作品が欠乏していた我が国に影響を及ぼさないはずがなく、ディックミネや淡谷のり子が競って日本語訳の歌詞でヨーロッパ製のタンゴを歌いヒットを飛ばした。「ポエマ」「小雨ふる道」などはその代表作であろう。双葉あきこや松島詩子もその中のひとりであるが、タンゴとして作曲された「小さな喫茶店」はむしろ日本ではシャンソンとしてのイメージが強く、この時代にはタンゴがシャンソンにも深く浸透していた状況を彷彿させる。

ヨーロッパ製のタンゴをコンチネンタルタンゴと呼称するのは日本だけであり、昭和30年代にヨーロッパではジャズに取って代わられ、既にブームが去っていたタンゴを日本の愛好家と業界が盛んにプッシュし、ドイツの放送局でムード音楽を総合的に録音していたアルフレッド・ハウゼ楽団をタンゴ楽団に仕立て、オランダのマランド楽団と併せ頻繁に来日公演の招聘とレコード販売キャンペーンを繰り返した事によって日本独自のタンゴ風ムード音楽とも言うべきコンチネンタルタンゴというジャンルが確立した。
欧米においてはタンゴは単にタンゴであって日本のようなジャンル分けはしていないようである。
吉田 正 記念オーケストラは吉田メロディーをクラシック化して演奏する事を演奏活動の中核としているが、日本初のフル編成による常設のムード音楽専門のオーケストラでもあり、アルフレッド・ハウゼのスタイルを踏襲し、吉田メロディーのハウゼ風コンチネンタルスタイル編曲による演奏も好評を得ている。しかし、吉田 正 記念オーケストラによるタンゴ演奏はただ、それだけで語り尽くせるものではない。昭和初期にタンゴが世界を制覇していた頃の面影もソロバイオリンやベース、バンドネオンなどの編曲部分に色濃く出ており、後述のオルケスタ・ティピカ的な要素も含んでいる。

吉田 正 記念オーケストラによるタンゴ演奏はダンスの伴奏というよりも観賞用の側面が強くタンゴ楽団としては異例の35名を上回る大編成で演奏される。タンゴの楽団編成はオルケスタ・ティピカと呼ばれ英語で言うところのティピカル・オーケストラ、つまり標準的楽団という事になる。明治後期にビセンテ・グレコ楽団がタンゴの世界で初めてオルケスタ・ティピカを名乗ったが、当時の編成はギター、バンドネオン2人、バイオリン2人、フルートという6重奏であった。大正から昭和にかけてオルケスタ・ティピカの標準編成は弦楽器のセクションを増やす事で10人前後の編成が多くなった。現在のバンドネオン、ピアノ、コントラバス、バイオリンの組み合わせによる少人数の形態はフリオ・デ・カロ6重奏団が原型である。
更に、昭和初期には大編成化の試みが盛んに行われ管楽器や打楽器も加えた16人編成前後の楽団はオルケスタ・ティピカに対しグラン・オルケスタと呼ばれたが昭和中期から大東亜戦後にかけてジャズが隆盛した事により大編成のタンゴ楽団は人気が衰退し、ポピュラー音楽の王座をジャズに奪われてしまう。


近年になり、ピアソラやモーレスが大きな編成のオーケストラで大衆志向を持ちつつ、新しいタンゴの創造を目指した。しかし、タンゴ本来の歯切れの良さという持ち味は前述の6重奏団編成がより効果的である事に加え、経済性という事情もあり(酒場で15人以上の編成で演奏するには、スペースと経費両面がネックとなる)、現在のタンゴ演奏は殆ど小編成楽団によって公演されているのが実情である。今回の吉田 正 記念オーケストラ録音では古典的な6重奏団(オルケスタ・ティピカ)に編成の大きな弦楽器群をミックスした結果、タンゴ本来の持ち味を失う事なく、アルフレッド・ハウゼ楽団のようなムード音楽の要素を加えたスケールの大きさと、歯切れの良さという両方の特徴を兼ね備えた。吉田メロディーの特性を生かし、豪華な編成と編曲ではあるが、哀愁細やかに演奏されたサウンドがここに実現した。いずれにしろ、正真正銘、世界最大編成のタンゴオーケストラである事は間違いない。




曲解説


DISC 1
1 女豹の地図(S 26.11 久慈あさみ) 
前奏の弦楽器全員での強奏を背景にしたソロバイオリンの嘆きを聞くだけでこの曲が都会調吉田メロディーの原点である事がわかる。
ジャズのブルーノート(メロディーの一部を半音下げる、哀愁の表現手段のひとつ)に触発された吉田 正が都会調歌謡のヒット曲を量産するのは昭和30年以後であり、赤と黒のブルースの登場を待たねばならないが、それに先立つ事4年、宝塚出身のスター久慈あさみのモダンな容姿と重ね合わせるとこの曲の成り立ちも理解出来る。タンゴアルバムの冒頭を飾るに相応しく豪華絢爛なオーケストラの響きを堪能して頂きたい。 

2 哀愁の街に霧が降る(S 31.4 山田真二)
石原裕次郎がタフガイとして映画界を席巻する前夜ともいえる時期に正統派二枚目スターであった山田真二のこの曲はタンゴというよりも題名の通り、哀愁に満ちたムード音楽として聞いて欲しい。

3 東京の人(S 31.3 三浦洸一)
バンドネオンによる短いイントロの後、歯切れの良いタッチでメロディーが奏されるが、バンドネオンの陰に潜むバイオリンの哀愁溢れるフレーズに注目して聞いて頂きたい。吉田メロディーの真髄がこのバイオリンソロのメロディーによって表現されていると思う。

4 愛のしあわせ(S 40.3 橋 幸夫・吉永小百合)
シャンソンの香りを持つこの曲のタンゴアレンジは、このアルバムにおけるすべての編曲の中 でも、最も成果のあがった自信作のひとつである。吉田メロディーには歌謡曲を飛び越えた欧州の軽音楽という側面があることを証明出来た一作である。

5 男のいる街(S 33.1 豊田泰光)
極めてオーソドックスなタンゴに仕上げた。

6 東京午前三時(S 32.3 フランク永井)
吉田 正ムードメロディーとして、夜、静かにブランディーグラスでも傾けながら聞いて頂きたい。そのような環境で聞いてもらえれば解説不要の大人の世界、夜のムードである。

7 赤と黒のブルース(S 30.9 鶴田浩二) 
正統派のタンゴに仕上げた。華やかなドレスを着たホステス達と客がダンスを踊る、ナイトクラブの光景を連想しながら聞いて欲しい。

8 東京ワルツ(S 43.9 フランク永井)
長調を選択し、明るい曲調であってもそのメロディーに潜む哀感が吉田 正の真骨頂である。その代表作として「夜霧の第二国道」が挙げられるが、この「東京ワルツ」にはそれをも凌ぐ都会のけだるく甘い情感に満ちたメロディーがある。タンゴに編曲した事で更に古き良き時代のゆったりとした哀愁も加味された気がする。

9 南海の美少年(S 36.5 橋 幸夫)
原曲で歌われた若武者、天草四郎の勇ましさの表現よりもメロディーの本質である哀しい寂しさをアピールして編曲してみた。

10 東京ナイトクラブ(S 34.7 フランク永井・松尾和子)
昭和30年代、東京の夜の賑わいを出来る限り原曲に沿って甘く、ゴージャスなムードになるよう編曲を試みた。

11 恋情(S 35.6 松尾和子)
吉田 正が松尾和子のために作曲、大ヒットした作品は数多く存在する。しかし、それらと比較しても「恋情」の方が松尾和子による熱情の表現が激しく、また色濃く感じる。

12 グッドナイト(S 34.7 松尾和子・和田 弘とマヒナスターズ)
オルケスタティピカ風にオーソドックスに始まり中間部は大型新人、松尾和子のデビュー曲に相応しく世界最大編成の弦楽器群が壮大に演奏。そしてタンゴに戻り、終結という三部形式を取った。


DISC 2
1 白い制服(S 38.8 橋 幸夫)
ドラマティックなモティーフの序奏部で開始、全体的に骨太な構成を持つ作品にした。中間部に8分の6拍子のリズムを挿入した事で4分の4拍子に復帰した時の力強さが、より一層アピールできた。この曲の持つ本質は悲愴感であると解釈した結果、上記の方法で編曲した。

2 ロンドンの街角で(S 27.4 小畑 実)
古き良き時代にミルクホールで午後のひと時を楽しむという風情で聞いて欲しい。海外への渡航が自由化されていなかった当時、ロンドンは吉田 正にとっても空想の世界であった。しかし、ハイドパークの陽だまりを散歩する老人達やケンシングトンのアンティーク家具に囲まれた喫茶店で午後の紅茶を飲む光景などが見事に盛り込まれている。

3 冬子という女(S 39.1 フランク永井) 
原曲もタンゴで書かれているため、素直にそのままオーケストラ用に書き写した。

4 泥だらけの純情(S 38.1 吉永小百合)
序盤のメロディーをバイオリンの低域を使う事でこの曲の持つ陰影の深さを表現できた。
その後、弦全体での刻みがこの曲の悲劇的な結末へ導き、重苦しい雰囲気をかもし出す。
エンディングのバンドネオンのソロにより天国に昇天する事でこの曲の魂は救われる。

5 和歌山ブルース(S 43.9 古都清乃)
タンゴらしい歯切れの良さを強調した編曲という意味で今回のアルバムでは「有楽町で逢いましょう」と双璧をなす出来栄えであった。

6 グッドバイ東京(S 35.7 曽根史郎)
交響的でスケールの大きな編曲を心掛けた。
曽根史郎によって歌われた知られざる大作はグッバイグッバイと繰り返される歌詞の部分とメロディーの一致があまりにも見事なため、外国人でも理解出来るようだ。そのグッバイという部分の楽想は無限の無常観を感じ、吉田 正からこの世に残された我々に対する惜別の情にも聞こえる。

7 泣きぼくろ(S 38.9 和田 弘とマヒナスターズ)
軽くさらりと歌ったマヒナスターズのイメージをそのままオーケストラに書き写した。

8 美しい恋人たち(S 40.11 三田 明)
バイオリンが全員で細かく刻む中に主旋律を見え隠れさせる事で三田 明の持つ青春の甘さをエレガントに表現してみた。

9 寒い朝(S 37.4 和田 弘とマヒナスターズ/吉永小百合)
耐えがたいシベリア抑留生活の中にも春は来た。その春を待ちわびる気分が前半のスローテンポ部分であり、後半はロシア民謡的な農民の踊りである。「異国の丘」に匹敵する望郷の念がこの作品には込められている。

10 東京カチート(S 35.10 フランク永井)
ラテンのリズムでヒットした原曲のイメージを大切にするために、タンゴのルーツであり、スペインの民族的なリズムであるハバネラを使用するに留めた。

11 淋しい淋しい(S 38.8 星 富佐夫)
吉田 正は星 富佐夫のために、「も一度逢いたい」や「霧の別れ」などを書いたが、いずれの作品にも共通するキーワードは情熱であろう。何故、星のために書いた作品だけ、このように激しい情熱がほとばしるようなメロディーを書いたのか不思議である。恐らく低音系の多かった吉田門下生の中で星は傑出した甘いテノールであったためであろうと推察する。「淋しい淋しい」もその星の天性の美声を思い浮かべながら編曲した。

12 美しい十代(S 38.10 三田 明)
タンゴというよりも大編成の弦楽合奏で雄大というか、ある意味で「異国の丘」の続編ともいえる大陸的なメロディーを堪能して頂きたい。単なる青春歌謡の域は越えている。 

13 有楽町で逢いましょう(S 32.11 フランク永井)
誰もが前奏に強いインパクトを感じる吉田 正の代表作であるが、敢えて歯切れの良いリズムでさらりと進行させた事により、むしろ叙情的に演奏をした間奏部分が印象深い。歌唱部分の前後、前奏や間奏に力点を置いて作曲した吉田 正の面目躍如というべき編曲になった。