吉田正記念オーケストラ
2002年5月パリ公演
新聞記事
吉田記念オーケストラを取り上げた現地記事
パリ公演 大盛況のうちに 終了!! 歓喜!パリジャン、パリジェンヌ、拍手の渦、吉田メロディーに涙する人も・・・ 2002年5月5日

アレクサンドル・デュマ劇場
  (通称サンジェルマン劇場)

サンジェルマンはドビュッシーの生誕地として知られるパリ近郊の高級住宅街にあり、劇場主催の定期コンサートに出演。 ピアノ独奏者にブーニンの同門でありライバルである、マミコニアンを迎え、チャイコフスキーの、ピアノ協奏曲と吉田正作曲、東京シンフォニー第2番を演奏。
パリ地域誌に取り上げられた吉田正記念オーケストラ
2002年5月6日

サンロック教会

パリ市内のオペラ通りの近くにある由緒のある大教会。ロンティボーコンクールの優勝で知られるヴァイオリニスト、プリエールがメンデルスゾーンの協奏曲を弾き、続いて吉田正作曲、東京シンフォニー第2番が演奏された。
特に第4楽章は、ステンドグラスの大聖堂という副題がついており、教会のステンドグラスや音響と相まって独特の雰囲気を醸し出していた。

「吉田メロディーがパリで演奏された意義」

サンロック教会
公演の様子
日本が生んだ和洋折衷の文化の代表ともいえる歌謡曲、その中でももっとも西洋音楽のセンスを取り入れた俗に都会調歌謡曲といわれる吉田メロディーは交響楽団で演奏するとその作品の本質がよりいっそう伝わる芸術作品である。

日仏間の文化交流は様々な形態で行われてきたが、単に伝統芸能を紹介するよりもフランス人にとって馴染みのあるオーケストラの演奏を通じて日本人の持つ哀感、情緒などが理解される。
また反面、「公園の手品師」や「たそがれシャンソン」など吉田氏が渡仏する以前からパリのエスプリを取り入れた作品も多くある意味においてパリこそ吉田メロディーの原点であり、今回はその源流を探ると同時に吉田メロディーを後世に残すために新設された吉田正記念オーケストラが真価をパリの聴衆に問うという重要が意義があったのである。