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音楽プロデューサー・谷田郷士 |
成田を飛び立って三時間、飛行機はハバロフスクからシベリアの上空にさしかかっていた。
5月とは言えども眼下に広がるシベリアの大地はまだ雪と氷の世界であった。この厳寒のどこかに、辛く苦しい抑留生活に耐えながら”生きる望み”を見つめ続けた作曲家・吉田正がいたんだ。そしてここであの名曲「異国の丘」が誕生したんだと思うにつけパリ演奏旅行の途中でのこの出来事は、パリを、そしてヨーロッパを愛した吉田正の願いが深く込められているように思えてならなかった。
そもそもこの企画は、指揮者大沢可直氏のフランスでの友人・プロモーターからの招聘とこのオーケストラをスポンサードしている吉田夫人の2つの願い・・・
1、吉田メロディをクラシックという世界共通語を通してパリ・ヨーロッパに・・・
2、誕生して間もない若いオーケストラのメンバーたちの早期レベル向上と団結心を養う。
・・・ことにあった。
吉田正記念オーケストラは、海外で指揮者生活を送っていた大沢可直氏が、「世界で通用する日本の音楽は吉田メロディーである」との固い信念で、昨夏(2001年8月)に設立され、大沢氏自ら吉田メロディーをクラシックに編曲し、指揮をしているオーケストラである。
団員は現役の芸大生・桐朋・東京音大生を含めた、若手ミュージシャン約50名で構成されている。世界で一番若いオーケストラと言える。厳しいオーディションにより選考されたエリートたちでその実力は無限の可能性を秘めている。
昨年12月26日紀尾井ホールで第一回のコンサートを成功させている。
<5月4日>
若さいっぱいの総員70名は、長旅の疲れにもかかわらず、全員リハーサル会場に姿をみせた。
トルコから指揮者大沢氏も駆けつけていた。彼はトルコでの吉田メロディー「東京シンフォニー」のコンサートを大成功の余韻も醒めやらないうちに駆けつけたのである。
即リハーサルが始まる。まずは、チャイコフスキーの名曲、ピアノコンチェルト第一番を現地ではブーニンと並んで人気のピアニスト、マミコニアンと、続いてメンデルスゾーンの名曲ヴァイオリンコンチェルトをフランス人でロンティボー国際コンクール優勝者、クリストフ・ボーリアーとの共演。いずれもビッグなアーティストとのコラボレーションだけに団員は本当についていけるのかとても心配であるとともに、会場が劇場というハンデ(残響なし)のこともあったが、2度のリハーサル・ポイント修正を繰り返すうちにさすがに若手のトップミュージシャンで構成されたメンバーだけに、自信を持って本番に望める状況を作り出した。このオーケストラの潜在能力の高さには驚愕させられた。
<5月5日> パリ公演初日
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アレクサンドル・デュマ劇場 |
会場:
パリ郊外にあるサンゼルマン ドビュッシーの生誕地として知られる高級住宅街にある”アレクサンドル・デュマ劇場”
プログラム
第一部
マミコニアンのピアノソロによる小品
チャイコフスキーピアノ協奏曲第一番
第二部
東京シンフォニー第2番 (吉田正 作曲・大沢可直 編曲)
16時開演。この日はフランス大統領選挙日とあって客足が心配されたが、続々とつめかけ、客席はほぼ満席となりその客層はフランス人の音楽を愛する地元の老夫婦が中心で、華やかな中で開演された。
ピアノコンチェルトが始まるとさすがに第一楽章ではメンバーにも緊張感が残り、ピアニストの掛け合いもぎこちなさが感じられたが、2楽章になるとオケとピアニストそれに会場をも一体となる演奏に聴衆は魅きつけられた。オケのメンバーもすっかり自信を取り戻し、演奏が終わるとブラボーの大連呼・・・
このコンサートが大成功した証と胸にこみ上げるものがあった。
第二部の東京シンフォニー第2番はすでに自信をつけている曲目だけに、残響の少ない劇場にもかかわらず信じられないほどのパワフルな演奏で、パリの聴衆もしっかり吉田メロディを楽しんでいたようで、アンコールの拍手が鳴りやまなかった。
<5月6日>
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サンロック教会 |
パリ中心地オペラ近くにある由緒ある大教会”サン・ロック教会”
プログラム:
メンデルスゾーン・バイオリンコンチェルト
東京シンフォニー第二番
アンコール 異国の丘
第2回の公演はパリの中心地にあるサンロック教会、定期的なコンサートも行われている由緒ある教会である。教会独特の美しい響きが期待できることからメンバー達も楽しみにしていた会場は満席になった。
第一回のコンサートに比べて客層が若いのが印象的であった。
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ヴァイオリン・プリエール氏 |
第2部 東京シンフォニー第2番が演奏される前に指揮者の大沢氏が英語で吉田正の紹介を行った。吉田正の日本での功績、そしてパリを愛した彼の作品が今ここで演奏されることは、天から吉田正が降りてくるかのようなメディテーションに満ちた音楽が展開された。それは教会の醸し出す独特な雰囲気と音楽とが溶け込んだ甘美な音楽であった。
東京シンフォニーが終わるとアンコールの「異国の丘」の前に大沢氏がこの曲の作曲された経緯を説明。故郷を思う気持ちと生きる望み喜びを忘れない思いを込めた作品であるということを英語で伝えた。
演奏後、拍手が鳴りやまないなかパリでのコンサートは大成功の中に終了した。
帰りの飛行機はやがて延々と続くシベリアの大地から、カラフトの上空にさしかかっていた。いつしか私のこころは、「吉田先生、パリでの吉田メロディーは確かな第一歩を残すことができました。」
と語りかけていた。熱い涙があふれて仕方がなかった。
2000年5月 音楽プロデューサー 谷田郷士







